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    豊岡鞄の歴史

    712年の「古事記」に新羅王子とされる天日槍命(アメノヒボコ)によって、柳細工の技術が伝えれと書かれています。
    神話の時代まで遡るのですが、豊岡の鞄のルーツは、その柳細工で作られたカゴだと言われています。

    奈良時代には豊岡でつくられた「柳筥」は正倉院上納されています。
    1473年の「応仁記」には、柳こおりが商品として盛んに売買されていた記述があり、
    おそらくこの時期から、地場産業として家内手工業的な杞柳産業が発展したことが予想されます。

    江戸時代には豊岡藩の独占取扱品として、柳こうりの生産が盛んになりました。
    1668年、京極伊勢守高盛が丹後国から豊岡に移封され、柳の栽培並びに製造販売に力を注ぎ、土地の産業として奨励したのが始まりです。

    1936年に開催されたベルリンオリンピックの選手団のかばんとして、豊岡のファイバー鞄が採用されるなど、
    この頃には、「ファイバー鞄」が、豊岡かばんの主流を占めるようになりました。

    1953年従来のスーツケースの胴枠を改造し、外型崩れ防止にピアノ線を使用した鞄が生まれました。
    軽くて強靭であることなど、これまでの欠陥を補っていたので他商品を圧倒しました。
    そして岩戸景気を背景に、豊岡には300越える鞄関連企業が生まれました。
    全国生産の80%のシェアを占めるまでに発展しました。

    但馬地域地場産業振興センター 2F 歴史資料室


    柳の宮神社の例大祭

    豊岡の鞄づくりのルーツである「コリヤナギ」を祀った「柳の宮」神社。
    鞄産業に従事する人たちをはじめ地域の関係者などが集まり厳かに例大祭が行われます。
    但馬地域最大の夏祭りの「柳まつり」は柳の宮例大祭によって幕を開け、神輿の巡行、稚児行列が行われます。

    豊岡鞄